黄昏の刻 第14話


目の見えないナナリーに本を呼んで聞かせるのはルルーシュの役目だった。
だが、ルルーシュは頭が良すぎたのが災いして、幼いナナリー向けの本を選ぶのはとても下手で、いつも小難しい本ばかりを選んではナナリーに読み聞かせていた。
スザクにはルルーシュの読む話は全く理解できないし、面白さを欠片も感じなかったし、まだ7歳のナナリーだって、話の内容はよく解っていないけど、ルルーシュが読んでくれるから「面白いですお兄さま」と口にしているだけに見えていた。

「そんな本の何処が面白いんだよ」
「君にこの本の面白さはわからないよ」

そんな言い合いを何度しただろうか。
ルルーシュに理解できても、ナナリーに理解できるとは限らないだろう。
だからスザクは普段は近寄りもしない小学校の図書室へ行き、ナナリーが好きそうな絵本を何冊か借りてきた。
そのうちの一冊をナナリーがとても気に入り、事あるごとに読んで欲しいとねだったものだ。自分が選んだ本よりスザクの本を選んだことを、ルルーシュは最初不愉快だと思っていたが、ナナリーが楽しそうに聞き、読み聞かせなど苦手なのに、それでも一生懸命ナナリーのために絵本を読むスザクもとても楽しそうで、幸せそうに笑う二人を見ている内に、ルルーシュもその絵本のことが好きになった。
それは、日本では教科書にも載るほど有名なお話で。
子狐と、猟師の物語。



「・・・何の真似だと聞いている、枢木スザク」

C.C.は苛立ちを込めて言った。
スザクは両手を上げ、自分の目の前でその指を合わせ、その指の間からこちらをじっと見たまま動かないのだ。あれが何を意味するのか知っているらしいルルーシュは、わずかに動揺したあと、首を振った。

「日本の作家が書いた童話だ。・・・きつねの窓。桔梗の汁で染めた指で、ああやって窓を作ると・・・死者の姿も見ることが出来るという話だ」

母狐を殺された子狐が行った一つの復讐劇。
だが、幼いスザクとナナリーは、そんなことにも気が付かず、桔梗で指を染めれば亡くなった母親を見ることが出来るかもしれないと、楽しげに言っていたものだ。
ナナリーの目が見えるようになったら、桔梗の汁で指を染めて試してみよう。そんな約束を二人がしていたのを覚えている。
非現実的過ぎると切って捨てると、夢が無さすぎると二人に怒られた。
母さんに会いたくてなにが悪い。
お母様に会いたいんですお兄さま。
母を亡くした幼い二人は、優しかった母の姿を恋しがった。
あくまで物語。
実際に指で窓を作った所で何も見えはしない。
指も桔梗の花の汁で染めたわけでもない。
なのに、その菱型の窓からこちらを覗き込んでいるスザクの視線に居心地が悪くなり、ルルーシュは顔を逸らした。



死者を見ることは出来ない。
死者の声を聞くことは出来ない。
C.C.が何度も何度も繰り返す度に、ああ、やはり先程の現象はルルーシュの幽霊が起こしていたのだと確信した。
そうでなければ、C.C.がこんなにムキになって否定も肯定も避けるなんて有り得ない。ルルーシュは嘘をついて煙に巻くが、C.C.は嘘をつく代わりに回答を避ける傾向がある。そして今は、間違いなく解答を避けていた。いないなら、「いるはずがないだろう」と断言するだけなのに、頑なに解答を避けているのだ。
それはつまり、肯定を示しているということ。
見えないし聞こえないなら意味が無い。
つまり、C.C.には見えて聞こえているのだ。
彼女の言うことは確かに一理あるが、だからといって意味が無いなんて認めるつもりはなかった。

いるのに見えない。
いるのに話せない。
でも、いるのだ。

冷静さを装いながらも攻撃的になったC.C.が、僕を気絶させた時のことを口にした。
C.C.の腕を捕まえた瞬間、意識を無くしたのを覚えている。あの感覚は初めてではなく、そういえば行政特区のあの日もこうして意識を無くしたと、あれも君の仕業だったのかと、遠のく意識の中考えた時の事を思い出した。

その時、見えたのだ。
霞む視界の中こちらを見下ろすC.C.と、その隣に立ち、悲しそうに見下ろしている白い影を。視界が霞んでいたから誰なのか判らず、そもそもC.C.と自分だけしかいない部屋なのだから、混濁した意識が見せた幻だと思っていた。
だが、ルルーシュの幽霊がC.C.と共にいたのなら。
あの白い影は、ルルーシュだったのだ。
あの時は、間違いなくこの目で見ることが出来た。
条件が揃えば、見ることが出来るのかもしれない。
そう思った時、昔のことを思い出した。

何度も何度もナナリーにせがまれ読んだ絵本。
スザクも、ルルーシュも、ナナリーも母親を亡くしていた。
だから、余計に母親を見ることが出来るというその物語に惹かれたのだろう。
何かの花で指を染める話だったが、青い花としかもう覚えていない。
でも、ナナリーと二人で何度も何度も窓を作ったのは覚えている。
だから、C.C.が示したその先にむけて窓を作ってみたのだ。
既に無くした大切なモノを見ることが出来るきつねの窓。
もしかしたらと期待を込めて覗く。
そこに見えたのは不愉快そうなC.C.。
そして彼女が指し示した先。
祈るような気持ちでそちらに視線を向けた。




「るるーしゅ、るるーしゅ、るるーしゅっっ!!」
「わかった、わかったからもう泣くな!おいC.C.!!」
「・・・煩い黙れ。私を中継にしようとするな」

結論から言えば、きつねの窓を通して、ルルーシュの姿は見えたらしい。ただ、ハッキリとした姿ではなく、なんとなく白い影が揺らいでいる、という感じらしい。らしい、らしい、というのは、スザクがこの状態だからろくに話が聞けていないからだ。
揺らいだ白い影など、普通であれば錯覚だと思うし、もし幽霊だとしてもそれが誰かなんて判別できないはずなのに、スザクは「間違いない、ルルーシュだ」と言った後、C.C.が引くレベルで大泣きし始めた。
自分で殺しておきながら、「ルルーシュっ、ルルーシュ!!」といい年の男がボロボロと涙をこぼし、縋るように泣き出したのだ。
その身を盾にして守ってきた者を殺された側のC.C.としては、殺してやりたい気分になったのだが、殺された当人が泣き出したスザクに駆け寄って、オロオロとした様子で慰めようとしているのだから殺意などさっさと引っ込んでしまった。
ナナリー馬鹿でスザク馬鹿のルルーシュが、こんな状態のスザクを前に平静でいられるわけもなく、壊れたようにわんわんと泣くスザクに、軽くパニックを起こしてしまい、普段ならもうキーボードどころか掃除洗濯に炊事もこなせるというのに、今はまた以前のように触りたくても触れない状態に陥っていた。
それが益々ルルーシュを混乱させ、余計に触れなくなるという悪循環。
だからC.C.にスザクを泣きやませろというのだが、冗談じゃないと、とりあえず殺し殺された二人を傍観することにした。
何だこの状態。

「ルルーシュ、何処!?何処にいるの!?」
「ここだスザク!C.C.!」
「だから煩い。なんで私がそんな情緒不安定な男の相手をしなければいけないんだ」
「るるーしゅ!るるーしゅ!どこ、るるーしゅ!C.C.、ルルーシュ何処だよ!」

・・・こんな状態で一時間以上だ。
いい加減にしてくれ。
指で窓作れば見れるんならそれで見ればいいだろう。
私を頼るなバカ騎士。
お前を殺した男なんだぞバカ魔王。
腹が減ったので、冷凍庫のルルーシュ手作りピザを全部食べてやる。
やけぐいだ。

それから二時間。
壊れたように泣き続けたスザクは、流石に体力馬鹿と言っても限界が来たらしく、だんだん泣く勢いが落ちてきた。
その頃にはようやく・・・本当にようやくルルーシュも冷静さを取り戻し、スザクの頭をワシワシと撫でれるようになり、そのことが余計にスザクを落ち着かせた。
・・・何があったのかは知らないが、ひどく情緒不安定だ。
こんな状態でゼロを演じていたのかと、そっちの方が不安になる。

「スザク、もうお前は寝ろ。疲れているんだ」

聞こえないと解っていても、ルルーシュは優しく声をかけた。

「・・・まさか泊める気かその男を」
「仕方が無いだろう。こんな状態のスザクを帰せるわけ無い」
「帰らない。僕、ルルーシュの側にいるから!」
「ふざけるな帰れ」
「嫌だ!もう嫌だ!!」

錯乱したかのように騒ぐスザクに、さすがのC.C.もなんか拙いなと判断せざるを得なかった。何があったかは知らないが、これ以上否定すれば、この体を切り刻まれかねない恐怖も感じる。死なないことを知っているから、こちらの動きを止めるためだけに殺されかねない。

「・・・男は床で寝ろ」
「せめてソファーを使わせろ」

この状態のスザクを床でだと!?

「・・・仕方ないな」

ルルーシュが背中を撫でていると、だんだんスザクの瞼が落ちてきていて、魔女を名乗るC.C.は流石に折れた。

「・・・るるーしゅ?」

スザクの背中を撫でる手を止め、ルルーシュは立ち上がった。

「毛布を持ってくるからそこにいろ・・・って聞こえないか。くそ、不便だな!」
「るるーしゅ?るるーしゅどこ!?」

撫でる感触が無くなったことで、スザクはまた落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回した。これは駄目だとルルーシュは視線でC.C.に訴え、C.C.は渋々毛布を取ってきた。
ルルーシュは完全にスザクがおかしくなったとオロオロしているが、騒がしい二人が静かになり、いくらか冷静になったC.C.からしてみれば、胡散臭い事この上ない。
確かに何処か危ういし、錯乱もしていて情緒不安定ではあるが、本気で泣いていたのは最初だけで、そのあとはC.C.にルルーシュを取られないよう、駄々をこねて暴れているようにみえるのだ。
だがそれは、スザクが嫌いという思考のもと見ているせいもあるだろうから、やはりこの男は何処かおかしくなっていると判断したほうが分断だろう。
ああ、甘いな私も。
まあいいさ、幽霊のルルーシュ相手にこいつがどうこうできるとも思えない。

「C.C.、もう休んでくれ。スザクは俺が見ている」
「ああ、そうさせてもらうよ」

いい加減疲れた。
幽霊のルルーシュは疲労など感じない。
明日の朝になればスザクも落ち着いているだろう。
話はその時に聞けばいい。
C.C.は欠伸一つ突いて部屋を後にした。



ルルーシュがいる。
ルルーシュがいた。
それを認識した途端、自分の中の何かが決壊した。
自分でも自分の感情がわからなくなり、頭はぐるぐると混乱し、ちゃんと言葉を口にすることも出来ない。壊れたようにルルーシュの名前を呼ぶことしかできなかった。
見えない手で優しく撫でる感触に「ああ、やっぱりルルーシュはいるんだ」と安堵したが、今度はそれがなくなると不安と恐怖がどっと押し寄せてきた。
わからない。
自分がわからない。
なんでこんなに感情が抑えられないのか、解らない。
ルルーシュは僕を触れるのに、僕はルルーシュを触れない。
声も聞こえない、姿も見えない。
でも、そこにいるとわかるだけで良かった。
C.C.はやはり会話も出来るらしく、それが非常に腹立たしく、うらやましかった。
彼女との会話でルルーシュの手が止まるのが嫌で、何度も何度も名前を呼んだ。
彼女が寝室に行っても、ルルーシュはそばにいて、ずっと頭をなでてくれた。
それがとても嬉しくて、ふわふわとした幸福感に包まれている内に、いつの間にか夢も見ないほど深い眠りに落ちていた。

僕が殺した、僕の親友。
もう死んだのだ。
もう居ないのに。
殺してその死体を見下ろしてから、ああ、本当は殺したくなど無かった。
彼と共に生きたかっただけなのにと、気がついた。
殺してすぐに、殺したことを後悔した。
すべてが終わってから、すべてを後悔した。
確かにユフィの仇だけれど、死んで償うのではなく、生きて、その人生すべてをかけて償わせるべきだったのだと後悔してももう遅かった。
民衆の憎しみは、彼の描いたとおり全てルルーシュへ向かった。
死体であっても関係なく、その矛先はルルーシュへ。
せめて彼の遺体は守らなければと、本来の予定から外れたことをした。
ルルーシュの葬式をして、その骨の欠片を手に入れたが、喪失感は埋まるどころか大きくなった。
我侭ばかりを言い、争いの火種を巻くことしかしない各国代表を見続けていると、何のために彼を殺したのかもわからなくなっていった。 あれだけの覚悟をして、世界から戦争を無くしたというのに、そんなことを知らない世界は、彼の死を無駄にしようとあの手この手で火種を撒いてくる。
何をすればいいのか、何処に向かえばいいのか、だんだんわからなくなってきて、そんなある日、C.C.にあの万年筆を盗まれた。
頭が沸騰するような怒りを抱き、そこから先のことはよく覚えていなかった。




何となく、スザクは視野が広くて、目もすごくいい気がする。

意識を失いかけたスザク→目がちゃんと開いていないし視野も狭まった。
きつねの窓から覗く→窓の中にだけ意識を集中させた。

ギアスでつながっているからか、スザクの目がいいからかは置いといて、広かった視野を狭めて一点集中させれば、スザクには幽霊ルルーシュを見る事ができるんだけど、馬鹿なのでその辺気づいてません。

「きつねの窓は本当だったんだ!」
って本気で思ってます。

それにしても私の話のスザクくんはすぐに精神的に壊れますね。

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